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『月の満ち欠け』で第157回直木賞を受賞した佐藤正午。
長崎県佐世保市生まれ。
長崎在住のベテラン作家です。
代表作は『永遠の1/2』(すばる文学賞)
『鳩の撃退法』(山田風太郎賞)
『身の上話』
ある日突然失踪した恋人を追う『ジャンプ』は原田泰造主演で2004年に映画化されました。
人気作家 伊坂幸太郎が激賞する軽妙な語り口と小説の巧みさ。
職人技の「最初の一行」。
小説を読むことのよろこびを教えてくれる珍しい現代作家です。
そんな佐藤正午のおすすめ本を紹介したいと思います。
この記事で紹介している本は次の通り。
- 『身の上話』
- 『アンダーリポート』
- 『小説の読み書き』
『月の満ち欠け』についてはこちらの記事で触れています。
佐藤正午『身の上話』 実は映像作品に不向き?
2013年NHK「よる★ドラ」枠で放送された『書店員ミチルの身の上話』の原作です。
戸田恵梨香、高良健吾、波留、安藤サクラ、榎本拓、大森南朋ほか実力派俳優が出演。
話題を呼びました。
主人公ミチルの夫が、妻について語るという形で物語が進んでいきます。
この語り部の設定がすばらしい。
小説というものの特徴がよくいかされています。
アガサ・クリスティの有名な作品、カズオ・イシグロの作品もそうなのですが、
語り手にこだわった小説は映像化には不向き。
NHKは頑張っていましたが、原作には遠く及びませんでした。
語り手である「夫」は妻ミチルについて淡々と語ります。
子供時代から、思春期、家庭の事情、当時の恋人について。
成人してから勤務先の昼休みにふらっと外出したまま、
東京へ飛び出していった経緯、その後の逃避行について。
ミチルが住み慣れた故郷から東京へ出奔した経緯は次のような成り行き。
ミチルは勤務先の書店で、おつかいを頼まれます。
同僚と先輩から、昼休みに外出するときサマージャンボ宝くじを買ってきて、と。
宝くじの代金は預かって出かけたのですが、購入時にはうわの空。
ミチルはほかに気になることがあったのです。
ミチルには恋人がいたのですが、東京から月一で来る営業マン豊増(とよます)とも交際していたのです。
豊増は妻帯者。
不倫です。
豊増をバスセンターで見送るついでに買ったサマージャンボ宝くじ。
それを持ったまま、勢いで豊増の暮らす東京へ出て行きます。
完全な職場放棄。
上司や父親に電話で怒られ、呆れられ、ミチルは帰るタイミングを失ってしまいます。
身から出たサビとは言え、自暴自棄になるミチル。
そんなとき、頼まれて購入した宝くじが高額当選したことを知ってしまいます。
「このお金を自分だけのものにしたい」―。
そんな出来心から様々なトラブルに巻き込まれていきます。
事態が深刻になっても、冷静に話し続ける夫が不気味。
実は恋人を見送りに行ってそのまま「駆け落ち」してしまうエピソードは知り合いから聞いた「実話」なのだとか。
それだけでは小説にならないので宝くじの話をかけ合わせたのが設定の背景。
「です・ます体」のやわらかい文章は佐藤正午としては珍しい。
北海道新聞のインタビューに、『身の上話』を執筆する前に書いていた『小説の読み書き』の影響だと佐藤正午本人が語っています。
谷崎潤一郎、太宰治など、文豪たちの文章を読み続けたことから生まれた文体のようです。
独特の語り口、先の見えないスリル、巧みな伏線が見事な小説です。
一人称で語ることのメリットを生かし切った作品。
作者の人間洞察が鋭く、忘れることのできない印象を残します。
角田光代が指摘していましたが、主人公ミチルの性格設定がこの小説を深いものにしています。
作家の角田光代がこの小説はすごく怖い、と書いていました。周囲を見ない人間の悲劇とも取れますね。
細かいところにも、しっかり伏線が張ってあるので注意して読んでみてください。
宝くじ当選後、ミチルがふだんよりちょっとだけ高いプリンを買うシーンがリアルで好きです。
佐藤正午の小説が読みにくい、と感じる方には『身の上話』『ジャンプ』『Y』がおすすめです。
最初から『鳩の撃退法』『ダンスホール』を読むのはきついと思います。
佐藤正午流ミステリー『アンダーリポート』のリアル
つつがない日常を送っていた検察事務官 古堀徹。
彼のもとに昔の知り合いの娘が訪ねてきます。
以前、古堀の隣に住んでいた女性の娘 村里ちあき。
15年前、彼らが隣人同士であったころに起きたちあきの父親の殺害事件。
その遺体の第一発見者だった古堀に昔のことをいろいろと質問します。
面倒見の良い青年だった古堀は、よくちあきを預かって面倒を見ていたのです。
15年前の真相は? 古堀は独自に事件を調べようとしますが…。
推理小説の古典的トリックを現代日本でリアルに描いた作品。
佐藤正午の小説によく登場するりんごの使われ方がうまいです。
りんごトースト、ココア、オムライス―。
など殺伐とした事件の中で時折、登場する家庭的な食べ物が印象的。
もがき、苦しみ、それでも平然と生きていこうとする女性たち。
年齢も立場も全く違う彼ら。
彼女たちの弱さと強さが痛々しくもいとおしい作品です。
犯した罪の重さに押しつぶされそうになりながらも、たくましく生きてゆく女性たちの姿が胸を打ちます。
「交換殺人」を題材にしたパトリシア・ハイスミスの古典的名著『見知らぬ乗客』と読み比べるのも一興。
小説家はどのように小説を読むか『小説の読み書き』岩波新書
小説家というプロが他人の小説をどのように読むかを率直に書いた本です。
「『書く』は『書き直す』とイコールになる。だから書かれた小説とはすでにじゅうぶんに書き直された小説である」(p7)
佐藤正午によれば森鴎外の『雁』は「ほんの些細なことで人の運命など変わってしまう」という主題の作品。
それを佐藤正午が「書き直し」たのが『ジャンプ』であり『Y』や『身の上話』であるというわけです。
川端康成『雪国』の有名な冒頭にある「底」という言葉に注目したり、志賀直哉のユーモアセンスを紹介したり。
今まで読んでいて見落としていた部分を発見できるおもしろい本です。
川端康成『雪国』の島村が小太りで指が短い、などなど。
谷崎潤一郎の『痴人の愛』がいかに慎み深く書かれているかという部分は膝を打ちました。
確かに、まったく直截的な言葉は出てこないんですよね。
こういう「言われて初めて気が付くこと」が満載です。
この本で佐藤正午に尊敬の念を持つのはそんな小説の読み方だけでなく正直さ。
幸田文『流れる』をめぐって佐藤正午は「炎上」してしまいました。
「いんぎん」を「インゲン豆」ではなく「慇懃」と勘違いしたためです。
その経緯を正直に、こと細かに順を追って書いてあります。
いや、そこまで書かなくてもいいよ、男性だし料理のことは分からない人多いと思うよ、と読んでいてフォローしたくなりますね。
自分に対して厳しい人だからこそ、読み手としても書き手としても信頼できる―。
佐藤正午は転んでもただでは起きませんね。(笑)
ぜひ、手に取ってみてください。
また、佐藤正午は小説だけでなくエッセイも非常に面白いのでおすすめです。
飄々としているなかに、ちょっととぼけたところがあってキュート。
小説家のリアルな生活が垣間見られます。
おすすめです。
『ジャンプ』以外にも映像化されている小説がたくさんあります。
デビュー作『永遠の1/2』、『リボルバー』、『彼女について知ることのすべて』など。
2021年8月には藤原竜也主演で『鳩の撃退法』が公開されました。
映画を観終わった後にはぜひ、小説も手に取っていただきたいですね。
面白い発見がたくさんあると思いますよ。
お付き合いいただきありがとうございました。
参考にしていただけるとうれしいです。
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