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生活が多様化した現代では、小説の舞台もさまざまです。
地方を舞台にした作品は独特な文化や方言が織り成す一種の「異国情緒」が感じられるもの。
忙しい毎日、読書でちょっとした「非日常」が味わえるのは息抜きになりますね。
今回は九州 福岡県を舞台にした小説をご紹介したいと思います。
行ったことのない土地を知るきっかけになったり、郷里を思い出したり、楽しみ方は人それぞれ。
地元民にしか分からないディープなネタを盛り込んだもの、ちょっとしたかん違いがほほえましいもの、いろいろな作品があります。
ここで管理人かべちょろの自己紹介。
福岡市博多区生まれ。大学で他県に行くまではずっと福岡市で暮らしていました。父は山笠に出た経験がある博多っ子。
溝口智子『万国菓子鋪 お気に召すまま』
2015年第1回お仕事小説コンで見事、グランプリを獲得した『万国菓子鋪お気に召すまま〜お菓子、なんでも承ります。〜』。
作者の溝口智子は福岡県出身・在住の作家です。
天神から電車で10分の距離にあるお菓子屋「万国菓子鋪 お気に召すまま」。
その名の通り、お菓子ならどんな国のものでも作って売っているお店です。
30代のイケメン店長 ドイツ人クォーターの壮介と、アルバイト店員 久美が切り盛りしています。
モットーは「客からの予約は100%断らない」こと。
壮介は祖父の代から作り続けているドイツ伝統菓子から和菓子、中華菓子、ヨーロッパやオセアニアのものまでなんでも作ってしまいます。
物語や映画に出てきたものさえ作るのですから、菓子職人としての腕は確か。
今日も不思議な注文をするお客さんがやってきて…。
美味しいお菓子が人を幸せにする連作短編集。
ほっこり、あたたかい気持ちになれる一冊です。
「万国菓子鋪 お気に召すまま」は天神から電車で10分程度の場所にある設定となっています。
高宮か大橋あたりを念頭に置いているのでしょうか?
博多地区よりちょっと上品な場所ですよね。
ダックワーズで有名な「フランス菓子 16区」のある中央区薬院よりは庶民的で、通いやすいイメージ。
よくできた舞台設定だな、と思いました。
福岡は実際に老舗のお菓子屋さんが多いんですよ。
今では東京銘菓になった「ひよこ」はもともとは福岡のもの。(現在も福岡で健在です。)
最近、東京に出店した鈴懸のように100年近く続いているお店があります。
第1話に出てきた「桃カステラ」。
長崎では桃の節句にはスーパーマーケットで売られるくらいポピュラーな焼き菓子なんですよ。
見た目はピンク色でかわいいですが、ものすごく甘いカステラです。
長崎みやげで有名な「カスドース」と共に、甘党の試金石と言える糖度の高さ。
管理人は「カステラに鶏卵素麺を載せたようなもの」だと思っています。
鶏卵素麺(けいらんそうめん)は福岡の銘菓。
こってりと甘い卵菓子でそうめんの形をしています。
石村萬盛堂のものが有名ですね。
▼マシュマロデー(ホワイトデー)発祥のお店。
「鶴の子」も人気です。
山本文緒『ブルーもしくはブルー』
神奈川県出身の直木賞作家 山本文緒が1992年に書下ろしした小説。
NHKの深夜枠でドラマ化されました。
ヒロイン 佐々木蒼子を演じたのは鹿児島出身の稲森いずみでした。
佐々木蒼子は29歳。
広告代理店で働く夫と都心の高級マンションに暮らす人妻です。
冷え切った結婚生活を忘れるために、買い物をしたり、恋人を作ったりして心の隙間を埋めようとする蒼子。
ある日、恋人と行ったサイパン旅行の帰りにアクシデントがおきます。
東京へ帰るはずが、飛行機は福岡で止まってしまったのです。
ホテルをとり、街に繰り出した蒼子が目にしたのはおしゃれなワンピースを着た若い女性。
その女性が連れ立って歩いていたのは、蒼子の元彼 河見俊一でした。
蒼子は23歳の時、板前の河見と交際していました。
同じころに上司の紹介で現在の夫 佐々木と出会います。
蒼子は悩んだ末に、佐々木を選んで結婚した過去があったのです。
蒼子が懐かしさから河見を尾行していると、連れの女性に気づかれてしまいます。
河見がよそに行くと、その女性は蒼子に話しかけてきました。
後をつけていたことをやんわり非難されて、愕然とする蒼子。
なんとその女性の外見は、蒼子そっくりだったのです。
驚いた二人は、名前・生年月日・出身地・思い出を語り合いますが、すべて同じ。
非現実的な事態に蒼子は混乱しますが、目の前に存在するのですから仕方ありません。
なんとか原因を推測します。
6年前、蒼子は河見と佐々木の「二股」交際や自分の未来について深く悩んでいました。
どうやらその時、結婚相手を選べずに分裂したらしい―。
東京で佐々木と結婚した蒼子A、河見を追って福岡へ行った蒼子Bにです。
友達が少ない二人の蒼子は思い出話に花を咲かせます。
親近感から連絡を交換して別れることになりました。
東京に戻った蒼子Aは蒼子Bに「一ヵ月お互いの生活を交換してみない?」と持ちかけますが…
「ドッペルゲンガー」を題材にした作品ですが、心理的なリアリティのある小説。
福岡で生活している蒼子Bが蒼子Aよりたくましく、したたかなところがおもしろかったです。
パートで家計を支え、DV夫・義母と折り合いをつけている蒼子B。蒼子Aより強い女性になっています。
松本清張『点と線』『時間の習俗』
福岡北九州市の作家 松本清張。
社会派ミステリーの火付け役となったのが代表作『点と線』。
福岡 香椎(かしい)の海岸で見つかった若い男女の情死遺体。
ほんの些細な「手がかり」から情死を疑った鳥飼重太郎刑事は東京から来た三原警部補にその疑問点について話します。
意気投合したふたりは東京と福岡で独自に捜査をし、手紙のやりとりをしますが…。
1957年(昭和32年)旅行雑誌『旅』に連載された推理小説。
掲載誌の性質から九州から北海道まで股にかけた時刻表トリック・アリバイ崩しが見どころとされています。
現代からみると捜査はかなり牧歌的。
スピーディな現代ミステリーに慣れている読者からするとイライラするかもしれません。
文春文庫版の解説で有栖川有栖が書いているように『点と線』の魅力は「伏線」と終盤の「鬼気迫る」情景。
ここは「深読み」して欲しいところです。
作者が香椎の海岸になじみがあったため、風景描写は空気が伝わってくるほどリアル。
続編『時間の習俗』も福岡を舞台にしています。
下の記事で紹介した『或る「小倉日記」伝』も舞台は福岡です。
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福永武彦『廃市』(はいし)
福岡県出身の詩人・作家 福永武彦。
『廃市』は1960年に出版された彼の短編小説です。
1983年大林宣彦監督・脚本で映画化されました。
作中に明記されていませんが、福岡の柳川を舞台にしています。
それはエピグラフに柳川出身の詩人 北原白秋の言葉が引用されていることからもわかります。
…さながら水に浮いた灰色の棺である。
北原白秋「おもひで」(管理人注;青空文庫『水郷 柳河』に同じ文章がある)
昔、訪れた町が火事であらかた焼けてしまった―。
そんな新聞記事から男性は昔の記憶を手ぐり寄せます。
卒業論文を書くためにひと夏を過ごした水の町。
もともと廃墟のような静かな町で、青年は旧家の令嬢 「安子さん」と知り合います。
一見、明るく快活な「安子さん」はどこか打ち解けない部分がありました。
彼女は美しい姉と義理の兄があるそうですが、二人について詳しい話をしようとはしません…。
水の都、夜中に聞こえてくる女性の泣き声、すれ違い続ける人の心、身内ですらかなわない意思の疎通、訪れる崩壊。
まさに「滅びの美学」。
正体がつかみきれない読後感を残しますが、どこか懐かしさのある不思議な作品です。
水の都で起こる、理解しあえない人間たちの物語―。
19世紀ベルギーの詩人ローデンバックが書いた『死都ブリュージュ』を思わせますね。
北原白秋はローデンバックに親近感を覚えていたようで、彼を詠んだ短歌があります。
画家 クノップフにも影響を与えた小説です。
クノップフには『死都ブリュージュ』を題材にした絵画があります。
吉田修一『悪人』
2010年、映画化され深津絵里がモントリオール世界映画祭で最優秀女優賞を獲得したヒューマンドラマ。
長崎出身の芥川賞作家 吉田修一の長編小説です。
舞台は長崎・佐賀・福岡など九州北部。
妻夫木聡・深津絵里・満島ひかり・松尾スズキ・宮崎美子など九州・沖縄地方出身者が主要キャストを演じて注目されました。
長崎に住む土木作業員 清水祐一が、出会い系サイトで知り合った福岡の保険外交員 石橋佳乃を殺害してしまいます。
その後、清水祐一は同じサイトで知り合った別の女性 馬込光代に打ち明け、ふたりで逃げますが…。
被害者と加害者、ふたりの間で何があったのか?
殺人者 清水祐一の素顔とは?
深く、重たいテーマ、現代人の「孤独」を描いた名作です。
この小説は冒頭の風景描写から思いっきり「九州」。
しかも、九州の「闇」の部分を見事を描き出しています。
九州の山間部は、夜になると本当に怖いんですよ。
小説に出てくるように「肝試し」にドライブする若い人たちがいますが、おすすめしません。
福岡はどんたく、博多山笠、長崎はおくんち、ランタンフェスティバルスティバルとお祭り大好きな土地柄。
ですが、福岡は犯罪発生率が高い県。
福岡県出身のYou Tuberさんが「修羅の国」と表現するほどです。
長崎はふだんは穏やかな土地ですが、時々凶悪な事件が起こってしまうんですよね。
暗部を見事に描き出していて、地元民が納得する一冊となっています。
作中、佳乃が同僚たちと餃子を食べる場面があるんです。
地元の人ならメニューからどこのお店か見当がつくほど、細かく描写されていました。
映画では「鉄なべ」中州本店が使われたようですね。
映画公開時、お店の外に「祝 銀幕デビュー」と書いてありましたが、映画の内容を知っている福岡市民は苦笑したものです。
ここで「銀幕デビュー」と書いてしまうところが福岡気質。
福澤徹三『忌み地』
福澤徹三は福岡県北九州市出身のホラー、推理小説作家です。
大分県出身の人気作家 小野不由美のホラー小説『残穢』(ざんえ)に登場したのでご存じの方が多いかもしれません。
『残穢』は2016年に竹内結子主演で映画化されましたね。
福澤徹三役は名前を変えて「三澤徹夫」なる会社員になっていました。
そういえば『残穢』も、すべての発端は福岡県北九州市だったですね。
『忌み地』にも取材地として登場する福岡北九州市。(作中ではK市)
実際に足を運んだからこそ書けるリアリティがたまらない一冊です。
『悪人』の紹介でも書きましたが、残念ながら福岡は犯罪発生率が高いんですよね。
勢い、事故物件が増えていきます。
ホラー小説に登場する回数が右肩上がりなのは、福岡出身者として複雑な気分です。
ですが、本の評価としては〇。
ノンフィクションなので「オチ」はありませんが、そこがまた恐怖心をあおります。
北森鴻『親不孝通りラプソディ』
山口県出身の鮎川哲也賞・推理小説協会賞作家 北森鴻(きたもり こう)。
民俗学・骨とう品に造詣が深く蓮丈那智シリーズ、冬狐堂シリーズなど人気のある続き物を抱えていました。
そんな北森鴻にも、福岡を舞台にした作品があります。
『親不孝通りディテクティブ』(現在絶版)と続編『親不孝通りラプソディ―』。
福岡市の長浜で屋台バーを営むテッキと結婚相談所の調査員 キュータがコンビを組み、博多の街で起きる事件を解決するストーリーです。
北森鴻は料理とお酒が好きだったようでビアバー「香菜里屋」シリーズなど名作があります。
その知識がこの「親不孝通り…」シリーズにも活かされていますね。
テッキが屋台バーで出すカクテルはいずれもおいしそう。
北森鴻の故郷山口県下関市は福岡の近く。
長浜や中州の雰囲気をよくつかんでいます。
社会の表と裏がせまい路地一本で交錯する世界、それが中州。
接客業をしていると警察とも〇社勢力ともニアミスしてしまう場所なんですよね…。
キュータの話す博多弁はちょっと怪しいですが、いい加減でお調子者なのは福岡人気質。
県民性をよく表していると思います。
読んでいると長浜ラーメンが食べたくなる小説です。
(『親不孝通りディテクティブ』の103ページに「博多市」なる言葉が出てきます。これは間違い。「福岡市博多区」が正解です。他県の人はよくするミスで昔、2時間ドラマの字幕でも同様のことがありました。)
山本文緒『ブルー、もしくはブルー』も博多と福岡の区別があいまい…。
この間違いも「福岡あるある」です。
福岡出身の作家たちとその作品
福岡出身の作家はたくさんいます。
有名な小説家と、福岡を舞台にした作品をあげておきます。
●赤川次郎
●五木寛之『青春の門』
●井上夢人
●宇野浩二
●乙一
●加納朋子『ぐるぐる猿と歌う鳥』
●佐伯泰英
●白石一文『もしも、私があなただったら』
●多岐川恭
●タナダユキ『復讐』
●つかこうへい
●中村うさぎ
●火野葦平『花と龍』
●松尾スズキ
●夢野久作『ドグラ・マグラ』『いなか、の、じけん』ほか
●リリー・フランキー『東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン』
「福岡」と「博多」にまつわるお話
ここからはかなりディープな福岡のお話です。
よく他県の方から「福岡=博多」のような言われ方をしますが、それは間違い。
「博多」と呼ばれる地区はとても狭いです。
福岡県を流れる二級河川 那珂川(なかがわ)の東側が博多、西側は福岡と区別されます。
管理人の父は博多っ子で「山笠(やまかさ)にかかわる地域が博多」と言っていました。
博多祇園山笠は「お櫛田様」(おくしださま)として親しまれている櫛田神社の奉納行事。
そう定義すると「博多」地区はさらに狭くなります。
若い世代は気にしないでしょうが、今でも年配の方は厳密に分けています。
一度でも福岡に住んだことがある人は「福岡」と「博多」の違いにうるさいですね。
ま と め
ひとくちに「福岡を舞台にした小説」といっても、作品はさまざまです。
おいしいスイーツを扱ったほんわかしたお話から本格推理小説、純文学、ホラー、コメディなど。
たまに恋愛小説もありますね。
小説がいろいろあるように、
福岡の街が見せる顔も多角的。
様々な「福岡」を楽しんでみてください。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
少しでも参考にしていただけるとうれしいです。
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