『medium 霊媒探偵城塚翡翠』相沢沙呼〜元ネタの考察〜

ミステリー

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シリーズ第三作『invert Ⅱ』が発売され、ますます人気の城塚翡翠(じょうづか ひすい)物。

その、記念すべき第一作目『medium 霊媒探偵城塚翡翠』は5冠を達成した作品です。

(第20回本格ミステリ大賞、『このミステリーがすごい!』2020年度国内編ランキング1位、2019年ベストブック、本格ミステリベスト10 国内ランキング 1位、2019年SRの会 ミステリーベスト10。

また、2020年には本屋大賞にノミネート、第41回吉川英治文学新人賞候補になりました。)

2022年10月16日には日本テレビでドラマ化。

緑眼のクォーター、細身の超絶美人、帰国子女、大金持ちの霊媒探偵というテレビ局が喜びそうなヒロイン設定。

ですが、小説の内容から映像化は難しいのでは?と思っていました。

ふたを開けてみると

作者が脚本作りに入ったことが功を奏し、評判が良かった様子。

2019年に刊行、2021年には文庫化された『medium 霊媒探偵城塚翡翠』。

推理小説によくあることですが、

様々な作品へのオマージュがあふれています。

今回は『medium 霊媒探偵城塚翡翠』の元ネタを考察したいと思います。

近年では文庫版が発売された時、本文を読む前に解説を読む人が一定数いらっしゃいます。

そのため、解説者はネタバレ、類似トリックの作品名、元ネタに言及しなくなりました。

ちょろ
ちょろ

ヒントは書いてありますね。

心遣いはありがたい―。

ですがこれでは、普段ミステリーをあまり読まない方にはわかりにくい!

そこで文庫版の解説に書かれていたヒントを元にネタの考察をしたいと思います。

今回の記事はこんな方に向けて書いています。

  • 『medium 霊媒探偵城塚翡翠』文庫版を読んでも元ネタの見当がつかなかった方
  • 普段はあまり推理小説を読まない方

管理人ちょろの読書歴についてはこちらをご覧ください。

目次をクリックしていただくと気になる箇所にとべます。

同じマジシャン同士!泡坂妻夫の作品

 面白い経歴を持つミステリー作家として有名な泡坂妻夫(あわさかつまお)。

本業は紋章上絵師でしたが、奇術愛好家でもありました。

ちょろ
ちょろ

着物に家紋を描く専門の絵師さん。

創作奇術へ貢献した人に贈られる石田天海賞を受賞しています。

相沢沙呼もアマチュアマジシャン。

相通じるものがありそうです。

『medium 霊媒探偵城塚翡翠』文庫版の解説で漆原正貴が泡坂妻夫『奇術探偵 曾我佳城』へのリスペクトと書いていましたね。

若くして引退した美人マジシャン 曾我佳城が事件の謎を解き明かすストーリー。

確かに城塚翡翠の名前には「城」が入っていますね。

若い美女という属性が同じです。

泡坂妻夫と相沢沙呼はこの作品に限らず、マジックの手法を推理小説に活かすところなど随所に共通点があります。

ふたりとも日常の小さな謎から大掛かりなトリックまでこなすところも似ています。

文章が読みやすく、情景が目に浮かびやすいのも共通点。

泡坂妻夫はたくさんの作品を残しています。

管理人のおすすめは『11枚のとらんぷ』と『乱れからくり』。

北村薫が愛読していた亜愛一郎(あ あいいちろう)シリーズも面白くて大好きです。

『medium 霊媒探偵城塚翡翠』がそうですが、短編ひとつひとつが結びついてラストで違うストーリーが顔をのぞかせる…のは泡坂妻夫の得意技。

小池啓介が米澤穂信の『夏期限定トロピカルパフェ事件』の解説で「東京創元社の連作短編集群の専売特許」と書いていたものですね。

『medium』は角川ですが。(笑)

▼曾我佳城が登場する作品。

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▼こちらはかなりトリッキーな長編小説。

曾我佳城シリーズではないですが、個性ある魅惑的な探偵が出てきます。

映画化されましたが、原作には及びません。

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▼ライトな表紙に騙されないで頂きたい。

亜愛一郎シリーズはとてもクオリティの高い短編集。

注意して読んでいてもしてやられてしまいます。

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香月の由来!? 麻耶雄嵩『翼ある闇 メルカトル鮎 最後の事件』

文庫版の解説にちらっと記述があったので気になっている方がいらっしゃるのではないでしょうか?

『medium』の主要登場人物 香月史郎とヒロインのファーストネームはある国内作家の作品から来ている、と。

それは新本格推理の作家 麻耶雄嵩(まや ゆたか)の小説。

彼が京都大学在学中に発表したデビュー作が『翼ある闇 メルカトル鮎 最後の事件』(1993年)。

麻耶雄嵩の名探偵ものには木更津悠也・メルカトル鮎シリーズがあります。

この二つの出発点が『翼ある闇 メルカトル鮎 最後の事件』。

もず
もず

最初の作品でも「最後の事件」とつけるのはベントリー『トレント最後の事件』、日本のテレビドラマ『沙粧妙子最後の事件』など先例があります。

内容は新本格らしく「お館(やかた)もの」。

大富豪 今鏡(いまかがみ)家の邸宅が舞台。

名探偵 木更津悠也と作家の香月実朝(こうづき さねとも)は依頼を受けて蒼鴉城(そうあじょう)と呼ばれる大邸宅に招かれます。

そこで起きる凄惨な連続殺人事件。

名家の豪邸、密室殺人、双子、入り乱れる人間関係、推理合戦、奇妙な名前の登場人物たち―。

新本格推理の要素がこれでもか!とつめこまれています。

この作品は小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』(1934年)へのオマージュであると麻耶雄嵩自身が語っています。

『黒死館殺人事件』は中井英夫『虚無への供物』、夢野久作『ドグラ・マグラ』と並んで「日本推理小説の三大奇書」と称される作品です。

奇書と呼ばれるだけあって、どれも読者を選ぶ本ですね。

『medium 霊媒探偵城塚翡翠』の第二話「水鏡荘(みかがみそう)の殺人」

香月と翡翠が訪れるのは推理小説作家 黒越篤の別荘。

この建物は、

◆現在の名前は「水鏡荘」(みかがみそう)

◆もともとの名称は「黒書館」(こくしょかん)

となってます。

明らかに『翼ある闇 メルカトル鮎 最後の事件』をベースにしていますね。

また、城塚翡翠が自分の名前を初対面の人に説明するとき、

「ノイシュヴァンシュタイン城の『城』」と、わざわざわかりにくい例を出します。

城塚翡翠の天然アピールともとれますが…。

この城はバイエルン王 ルードヴィッヒ2世が建てた実在する建築物。

ちょろ
ちょろ

ヴィスコンティ監督の映画『ルートヴィヒ』(1972年)でおなじみ。

実はここにもヒントがあります。

『翼ある闇 メルカトル鮎 最後の事件』で青鴉城を見た香月実朝がノイシュヴァンシュタイン城を連想するシーンがあるんです。

幻想的、または怪奇的な実在の城であればエリザベート・バートリのチェイテ城、マクベスの舞台であるコーダー城、『ハリー・ポッター』ホグワーツのモデル エディンバラ城などいろいろあります。

あえてノイシュバンシュタイン城を出してくる―。

相沢沙呼は読者に対して元ネタの手がかりを送っていますね。

そして、「翡翠」の名前は『翼ある闇…』の主要登場人物の名前と音が似ています。

ネタバレになるのでこれ以上は書けませんが、関係性についても共通点があるので、お好きな方は深堀してください。

*ただし、麻耶雄嵩の作品は非常にクセがあるので、好き嫌いが分かれます。

手に取られる場合は自己責任でお願いいたします。(笑)

霊媒師が出てくるヴィクトリア朝小説 サラ・ウォーターズ『半身』

こちらも『medium』の解説でヒントが出されていた作品です。

サラ・ウォーターズの『半身』(1999年)

原題は「Affinity」

サラ・ウォーターズはイギリスの小説家。

ヴィクトリア朝時代を舞台とした心理ドラマを得意としています。

第二話「水鏡荘の殺人」で城塚翡翠が

「…そういうことが起こるためには、ある程度のアフィニティ―ええと、日本語だと親和性…でよろしかったでしょうか。」

と語るシーンがあります。

解説者の漆原正貴がヒントにしていた箇所ですね。

サラ・ウォーターズ『半身』のあらすじ

テムズ河のそばにあるミルバンク監獄。

まるで迷宮のような陰鬱な建物。

スリ、泥棒、贋金作り、殺人犯…

さまざまな犯罪者が入れられています。

慰問のために訪れた貴婦人マーガレット・プライアはそこで不思議な女性に出会います。

19歳という若さにして、静寂を身にまとった彼女の名はシライナ・ドーズ。

短く切られた金髪、白い頬、監獄で手に入れられるはずがない菫(すみれ)の花を手にして祈っていました。

シライナは監獄に入る前は霊媒師として活躍していたのだとか。

こんな女の人がどうして監獄に?

マーガレット・プライアは興味を持ち、交流を続けますが…

サラ・ウォーターズ『半身』と『medium』の共通点

19世紀末のイギリス。

産業革命後、発達する科学や地下資源への関心とともになぜか頭をもたげてくる異世界への憧憬。

心霊研究が行われ、霊媒師たちが活躍した時代でもあります。

混沌とした世界ですね。

この作品で特筆すべき存在感を放つ霊媒師 シライナ・ドーズ。

彼女は「翠色」(みどりいろ)の目を持つ女性です。

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翻訳者 中村有希が「翠」の漢字をあてています。

作中、シライナの瞳をエメラルドにたとえるシーンがあるので、宝石のような美しさと冷たさを表現する文字を選んだのかもしれません。

城塚翡翠の眼も同じく緑色。

『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』の主要登場人物の名前とこの設定。

ふたつを混ぜ合わせて「翡翠」の名前が誕生したのでは?と思いますね。

また、シライナとその小間使いルースの関係。

単なる雇用主と労働者の関係ではない、親密なもの。

城塚翡翠と千和埼真を思い起こさせますね。

(翡翠と真の方がずっと健全ではありますが)

『半身』は非常によくできた小説なので、未読の方はぜひどうぞ。

ただし、かなり後味が悪いのでご注意下さい。

たとえて言うとダフネ・デュ・モーリアの『レイチェル』、クリスチアナ・ブランドの『猫とねずみ』のような読後感。

考えてみると、イギリスの女流ミステリー作家は容赦ない人が多いですね。

ルース・レンデルの『ロウフィールド館の惨劇』『石の微笑』、P.D.ジェイムズ『罪なき血』の設定、ミネット・ウォルターズ『女彫刻家』、『鉄の枷』、サラ・ピンバラ『瞳の奥に』…。

読み終わるとしばらく暗い気持ちになりますね。

もず
もず

アガサ・クリスティもノンシリーズ短編だとびっくりするような作品があります。

余談ですが、『半身』の中でマーガレットがシライナの外見をカルロ・クリヴェッリの≪真実≫(絵画)に似ていると思う場面があります。

実生活はともかく、小説のなかで心惹かれる相手を美術作品になぞらえるのはあまりいい予感がしませんね。

自分の理想を、相手に投影しているだけですからね。

ちょろ
ちょろ

プルースト『失われた時を求めて』スワンの恋、谷崎潤一郎『卍』、江戸川乱歩『陰獣』などなど。幸福な結末にならない…。

少々ネタバレあり!上記3作品の共通点

さて、ここからは上に挙げた作品のネタバレを含みます。

相沢沙呼『medium 霊媒探偵城塚翡翠』は元ネタになった小説もとても質が高いです。

『medium…』を読んでいて、うすうすは「元ネタと言われるからにはこんなかな?」と想像はつくと思いますが、分かっていても充分に楽しめる作品。

ネタが割れて、読んだときの驚きを半減させるのはもったいない!

未読の方はご注意ください。

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泡坂妻夫、麻耶雄嵩『翼ある闇 メルカトル鮎 最後の事件』、サラ・ウォーターズ『半身』。

それぞれ違う年代に書かれた作品ですが、共通点があります。

それは、

◆〇〇だと思っていたら、逆だった

この驚きがラストで怒涛のように押し寄せるところ。

とても、ミステリーらしいカタルシスのある作品なんですね。

泡坂妻夫は短編でもこれを見事にやってのけます。

タイトルは伏せますが、

そっくりさんだと思っていたら本人だったとか、

凶器がどこから持ち込まれたのか騒いでいたら〇内から出てきたものだった、とか。

麻耶雄嵩『翼ある闇…』は本当の探偵役は〇〇〇〇役だった。

『半身』は主人公が心を通わせていると思っていた相手は別の人の「半身」だったり、主従関係が逆だったり。

『medium 霊媒探偵城塚翡翠』の怒涛のラストとも共通する部分がありますよね。

こういう、下手をすると「荒唐無稽!」と読者に本を投げられそうな設定を

細かい伏線とミスリードを駆使してやってのける手際の良さ。

まさにマジシャンの手さばき、これがすばらしい。

1度読まれた方でも2度読みすると発見があって面白いと思います。

また、『半身』は「霊媒師はインチキだった」ところが『medium 霊媒探偵城塚翡翠』と同じですね。

シライナも城塚翡翠も、相手に「霊感がある」と信じ込ませるために行ったテクニックが巧妙。

特に私がうなったのは『半身』のワンシーン。

シライナがマーガレットに昔使っていた小細工を教える場面です。

交霊会で腕に文字を浮き上がらせるときに使う技なんですよ。

先のとがった棒で自分の腕に字を書いて、そこに塩をかけてもむという。

もず
もず

考えるだけで痛そう。

小さなネタをばらすことで相手に信頼させるんですね。

「霊媒師になったばかりの時にはこんなトリックを使っていたんだけれど、開眼してからは…」

なんて心酔している相手に言われたら、信じてしまうかもしれませんね。

ちょろ
ちょろ

上手な嘘つきは事実と虚偽を混ぜる、とよく言われますよね。

ま と め

 相沢沙呼『medium 霊媒探偵城塚翡翠』の元ネタを見てきました。

『medium…』の元ネタは

◆泡坂妻夫の『奇術探偵 曾我佳城』シリーズ

◆麻耶雄嵩『翼ある闇 メルカトル鮎 最後の事件』

◆サラ・ウォーターズ『半身』

どの作品も読みごたえがあります。

未読の方はぜひ、手に取ってみてくださいね。

相沢沙呼の『medium 霊媒探偵城塚翡翠』は元ネタがあるとはいえ、とてもよくできた作品。

麻耶雄嵩は新本格らしい読みにくさがありますし、サラ・ウォーターズの小説は同性愛がテーマの一つになっているので読む人を選ぶと思います。

そして、どちらも重たい読後感。

そういった作品のトリックを、自家薬籠中の物(じかやくろうちゅうのもの)にして新しい、読みやすい作品にする技術。

本格ミステリーの趣向と読者サービスの絶妙なバランス。

あらゆる年代の読者に読みやすい文章。

なによりもさわやかな読後感―。

デビュー当時、先輩作家たちに器用さを批判された相沢沙呼ですが、逆手にとって大化けしたのが小気味いい!

これからも面白い小説を書いていただきたいですね。

お付き合いいただきありがとうございました。

少しでも参考にしていただけるとうれしいです。

よろしかったらこちらもどうぞ。

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