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デンマークが生んだ傑作ミステリー「特捜部Qシリーズ」。
世界中にファンを持つベストセラーです。
原作小説は2015年『特捜部Q 檻の中の女』を皮切りに続々と映画化されています。
その第5弾『特捜部Q 知りすぎたマルコ』。
今回はこの映画のあらすじと感想、映画と原作小説との違いについて解説します。
映画『特捜部Qシリーズ』は現在、Amazon prime videoで配信中。
シリーズ第1作目「檻の中の女」から「知りすぎたマルコ」まで追加料金なしで視聴できます。
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映画版『特捜部Q 知りすぎたマルコ』あらすじと感想
制作年 | 2021年 |
原題 | MARCO EFFEKTEN |
制作国 | デンマーク |
監督 | マーチン・サントフリート |
キャスト | ウルリッヒ・トムセン、ザキ・ユーセフ |
上映時間 | 125分 |
特捜部Qシリーズの映画化は今回で5回目。
ですが、この映画は今までのものとは様相が違います。
人気シリーズにもかかわらず、制作会社・監督・キャストが総入れ替え。
主演のカール役がニコライ・リー・コスからウルリッヒ・トムセン、アサド役がファレス・ファレスからザキ・ユーセフに変更になりました。
映画版『特捜部Q 知りすぎたマルコ』あらすじ
コペンハーゲン警察にある 特捜部Q。
迷宮入り事件を専門に扱う部署です。
特捜部Qをしきる警部補カールはある事件で犯人を追っていたところ、目の前で飛び降り自殺されてしまいます。
上司から6週間の休暇とセラピーを受けるように言われたカールですが、早々に職場復帰。
行方不明になった公務員ウィリアム・スタークの事件を追うことになります。
ウィリアム・スタークは小児性愛者の烙印を押された人間。
カールと相棒アサドは、ウィリアム・スタークを性的虐待で訴えていた少女に話を聴きに行きます。
ですが、相手を怒らせてしまい収穫はゼロ。
一方、国境で捕まったロマ人の少年がウィリアム・スタークのパスポートを所持していたとの連絡が入ります。
取り調べにかけつけたカールとアサドに、全くなにもしゃべらない少年。
スタークと少年の接点は?
スタークを殺害したのはこの少年なのか?
特捜部Qの面々が事件を追いますが…。
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映画版『特捜部Q 知りすぎたマルコ』の感想
まず、前提として。
管理人はユッシ・エーズラ・オールスン『特捜部Qシリーズ』のファン。
映画は第1作『檻の中の女』から『キジ殺し』、『Pからのメッセージ』、『カルテ64』まで観ています。
ただ、特に第4作目までの監督やキャストに思い入れはありません。
第4作目までは長い原作をタイトにまとめていて、よくできた映画です。
ですが、原作とは別物。
第4作目『特捜部Q カルテ64』は原作を大胆に脚色してさえいました。
おもしろい映画シリーズだから観るけれど、原作ファンが「イメージ通り」と大喜びするほどではない。
そんな印象です。
BBCテレビ エルキュール・ポワロシリーズで主役のデビット・スーシェが降板したら大騒ぎだったでしょうが、カールとアサドが変わっても特になんとも思いませんでした。
ですが、この映画はない。
制作会社が変わったから、とか、キャストが変わったから、とかではなく映画として全然駄目でした。
制作側が意図していることはわかるんですよ。
「原点回帰」
原作の再映像化。
これが制作側の意図でしょう。
カールの元相棒 ハーディはシリーズを追うごとに影が薄くなっていましたが、
この映画では数回出てきます。
心理学者でカールの恋人 モーナは第5弾でようやく登場。
原作では第1作目から登場し、カールが関係を進展させていく相手です。
ですが、二人とも原作とは別人格なんですよね。
その他、『知りすぎたマルコ』では原作と「同姓同名の別人」がたくさん出てきます。
マルコ、スターク、レニ・イーレクスン、タイス・スナプ、ローサにゴードン。
原作ファンとしてはとても混乱しました。
映画版『特捜部Q 知りすぎたマルコ』 原作小説との違い
まず、原作小説と映画では事件の発端から違います。
舞台は2008年の秋 カメルーン。
開発援助プロジェクトの現地リーダー ルイ・フォンがムボーモという男に惨殺されます。
ルイ・フォンは死の直前、携帯電話でショートメッセージを送信。
コペンハーゲンでそのメールを受け取ったのが外務省上級参事官ヴィルヤム・スタークです。
スタークは頭を抱えてしまいます。
それは、ルイ・フォンからきたメールが全く意味をなさなかったから。
しかも、そのメッセージを受け取った後、ルイ・フォンとは連絡が取れないのです。
ルイ・フォンの身に何かあったに違いない―。
心配するヴィルヤム・スタークに上司レニ・イーレクスンがカメルーン行きを強引にすすめます。
スタークが「家族の具合が悪いからそばについていてあげたい」と懇願するのに、です。
実は上司レニ・イーレクスンはルイ・フォン殺害の黒幕。
レニ・イーレクスンは学生時代の友人でカーアベク銀行の頭取タイス・スナプ、
銀行監査役会会長のイェンス・ブラーゲ=スミトと結託して政府開発援助(ODA)を横領していたのです。
現地での開発プログラムリーダーのルイ・フォンは不正に気付いたため殺害されてしまったのでした。
切れ者で名高いスタークが何か気づくかもしれないと、レニ・イーレクスンは疑心暗鬼。
治安が悪い外国で彼を亡き者にしようと画策していました。
カメルーンに着いたヴィルヤム・スタークは視察を終え、夜はホテルに戻ります。
すると、ホテルのラウンジで太った男に会います。
ルイ・フォンからのメッセージを紙に書いていたスタークに、太った男は「ビール一杯を賭けてその暗号を解いてみせる」と持ちかけます。
スタークは「これは暗号ではない」と断りますが、
男はいとも簡単に謎を解いてしまいます。
そこに書かれていたのは「ジャーの開発で不正」。
これを聞いたスタークはすぐさま、コペンハーゲンに戻る飛行機に乗ります。
スタークが逃げたことをムボーモがすぐに電話でレニ・イーレクスンに告げました。
時は流れて2010年のコペンハーゲン。
犯罪組織 クランの少年たちは街で物乞いをしています。
その中のひとりがマルコ。
15歳ですが背が低く、華奢でおさなくみえるため稼ぎがよい少年です。
クランの元締めはマルコの叔父ゾーラ。
マルコの父親は弟ゾーラの言いなりで、息子であるマルコを学校に行かせることさえできません。
物乞い、空き巣、スリ、盗品販売。
ありとあらゆる悪事をさせられるクランの子供たち。
頭がよく、向学心のあるマルコは現状にうんざり。
逃げ出す機会をうかがっています。
ある夜、ゾーラたちが話しているのを耳にしたマルコ。
賢すぎるマルコを恐れたゾーラが、彼に危害を加えようとしていることを知ってしまいます。
身を隠すために逃れた森で、またもやゾーラの秘密を知ったマルコ。
完全に組織から追われる立場になってしまいます―。
原作はタイトル通り「知りすぎたマルコ」。
動けば動くほど、恐ろしい秘密を知ってしまい気の毒なくらいです。
このマルコ少年がとても魅力的なんですよ。
翻訳者の吉田薫さんが書いている通り主要メンバー(カール・アサド・ローセ)が食われそうなほどマルコ少年のキャラクターが立っているんです。
華奢な外見、明晰な頭脳、向学心と向上心。
劣悪な環境でもそこなわれていない魂の美しさ。
図書館の司書や街の人々の懐(ふところ)にするっと入る素直な性格。
前作『特捜部Q カルテ64』のニーデと相通じるものがあります。
そして『ダイハード』のブルース・ウィルスも真っ青なほどタフな少年。
これが映画には全く反映されていなかったのは残念です。
長くて複雑な原作を分かりやすくしたから仕方ない?
いえいえ、そんな言い訳は通りません。
冒頭の犯人自殺シーンほか原作にない、余計なエピソードをいくつも付け加えているんですから。
『特捜部Q 檻の中の女』からずっとこのシリーズを一緒に見てきた家人が「知りすぎたマルコ」の途中でリタイア。
「単純に、映画としてつまらない」と言っていました。
これは、本当にそうです。
まず、ミステリーとして基本ができていません。
魅力的な謎の提示、観客への手がかりの提示、ミスリード、伏線の回収。
これらが全くできていないんです。
原作はマルコの魅力以外にも見どころがたくさんあります。
手に汗握る逃亡劇、暗号の謎、悪人たちの内輪もめ、騙し合い。
マルコと敵たちの先読み合戦。
善悪二元論では片づけられない、人間の善意と弱さ。
清濁併せ呑む大人のミステリーです。
また、特捜部Qでも人間関係に変化が見られます。
カールとモーナの恋愛関係に変化がみられ、ローセに讃美者ゴードンが現れ、少しずつアサドの過去が分かってきます。
そして、ラストの大団円。
原作はシリーズの中でも屈指のおもしろさ。
これは、もう、映画を観た人は全員 原作を読んでいただきたいです。
▼こちらは電子書籍版。
ちなみに、第1作『檻の中の女』から第7作『自撮りする女たち』まではKindle Unlimitedで読めます。
読めないのは最新刊『アサドの祈り』のみ。
980円で7作目まで読めるのはお得ですね。
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長くて読めない、無理、と言う方はスマホやiPhoneの読み上げ機能をおすすめします。
Kindle Unlimitedとの相性抜群です。
関連記事;【簡単・便利】iPhone・iPadの読み上げ機能を活用!kindle本で「聴く読書」
『特捜部Q 知りすぎたマルコ』キャスト変更の理由は?
デンマークが生んだ世界的なベストセラー「特捜部Qシリーズ」。
第5弾の映画化『特捜部Q 知りすぎたマルコ』は制作スタッフ、監督、主演すべてが大きく変わりました。
この変更は2019年には決まっていたようですね。
▼こちらは映画版『特捜部Q 檻の中の女』『特捜部Q キジ殺し』の元広報担当の方のツイート。
この制作会社やキャストの変更についてはいろいろな噂が飛び交っています。
まとめると以下のような説をよくみかけました。
●原作者がニコライ・リー・カースとファレス・ファレスのコンビを気に入らなかった
●ウルリッヒ・トムセンは原作のイメージに近いらしい
ウルリッヒ・トムセンは英語が堪能なため、ハリウッド映画やアメリカドラマに出演する俳優。
『ザ・バンク』『キリングミーソフトリー』『ブラックリスト』第4シーズンなどに出ています。
一度見ると忘れられない存在感がありますね。
初心に戻って、第1作『特捜部Q 檻の中の女』からカール・マークの外見について触れられた部分を抜粋しました。
「彼の姿を見た人々が目をみはり、思わず口をあけてしまうほど端正で体格のよいユトランド人」
「長年親しんだ女性たちがどれほどセクシーか何度も言ってくる手」
『特捜部Q 檻の中の女』より
確かにこの部分を読むとウルリッヒ・トムセンの若い頃をほうふつとさせますね。
ただし、管理人はこの「原作者横やり説」には懐疑的です。
強いて言うなら、原作者の好き嫌い以前の問題として前キャストは原作に比べて若すぎるんです。
ですから、のちの設定に困るかな…とは思いますね。
(参考;『特捜部Qアサドの祈り』)
▼以下、管理人が原作者が口を出して変更させた説に疑いを持っている理由です。
確かに、日本でも原作者が映像化作品に口を出す場合はあります。
ですが、思われているほど一般的ではないんです。
そもそも、原作を大切にするのであれば、島田荘司のようにイメージに合う俳優が出てくるまで映像化を許さなければいいわけです。
島田荘司は鋼の意思を持った作家の代表例ですね。
世界を見渡すと意外と「原作と映像化作品は別物」と割り切れる作家が多い印象。
例えば、このブログで紹介した『赤い影』の原作者はダフネ・デュ・モーリア。
ヒッチコックの名作『レベッカ』『鳥』ほか『巌窟の野獣』の作者です。
世界的なベストセラー作家。
谷崎潤一郎『細雪』でヒロイン 雪子が『レベッカ』を読んでいるシーンがありましたよね。
『赤い影』の監督がコメンタリー再生で話していましたが、映画を観たダフネ・デュ・モーリアは何も言わなかったそうです。
結構、原作と映画では変更点があるんですけどね。
また、ヒッチコック『見知らぬ乗客』、ルネ・クレマン『太陽がいっぱい』の原作者であるパトリシア・ハイスミス。
彼女も作家人生の初めから小説が映画化、世界的な名声を得た人です。
ハイスミスは『太陽がいっぱい』のラストに不満を持っていたらしいのですが、別に変更されていませんよね。
また、スタンリー・キューブリックの本に、原作者ナボコフについて書かれた箇所がありました。
キューブリックは原作者の言う通りには絶対にできない、と思っていた様子。
映画は巨額のお金と多くの人間が動くもの。
なかなか、一人の意見が通るようなものではないようなんですね。
スポンサー、配給会社、芸能事務所、監督、原作者、俳優たちそれぞれの思惑と主張、
そして社会的な流れや倫理観まで持ち込まれますからね。
気が遠くなります。
今回の『特捜部Q 知りすぎたマルコ』の刷新も真相は藪の中。
原作者が口を出したとしても、それは単なる俳優の好き嫌いではなく、「年齢」それに付随する「時代背景」によるのではないでしょうか。
今回は脚本があまりよくありませんでしたが、俳優さんたちは経験豊富なベテラン。
ウルリッヒ・トムセンの公式サイトを見たところ、次回作『特捜部Q 吊るされた少女』の撮影が決まっているようです。
今後の巻き返しに注目したいですね。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
よろしかったらこちらもどうぞ。
【『特捜部Q』シリーズ】